二分の一夢庵 酒好きおやじの常日頃
姫路の 焼酎専門居酒屋の おやじが 常日頃 思う事を ダラダラと書き綴ります。
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しおたに みつはる

Author:しおたに みつはる
姫路の片隅で 本格焼酎の居酒屋を 家内と2人でやってる40過ぎたおっさんです。

日々思う 何かしらの事を 書き綴っていこうかと思ってます。



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お客様との会話。

昨日 はじめて来店いただいた お客様に

突然

『マスター いろいろ 蔵元さん 行ってるんやね。』

と 話しかけられた。

オイラの店の 焼酎のお品書きには 今まで訪れた蔵元さんと その土地の写真を

載せている。


そのお客様も 焼酎が お好きで いろんなお店で いろんな焼酎を

お飲みになっているらしい。

オイラも 各 蔵元さんとの話とか 土地の話を お話した。


すると
 
そのお客様が 『でも そんなんしても もと とれんやろ?』と 言われ

『はい。もと取れません、それに もと 取る気もありません。』

と 言った。



商売人としては ダメかも しれませんが、オイラは それで いいと思っている。


お店を やり始めてから いろんな人との 縁で いろんな人との出会いが

あり、また 新しい人との縁が 始まる。

当然 お客様との出会いも 何かの縁だ。

このブログで やり取りしている 遠方の人との 出会いも何かの縁だ。



これからも 長く居酒屋を 続けていきたいオイラにとって 

そんな“縁”を 大事にしたい。




そのお客様は

田村合名会社さんの 『薩摩の薫』の水割りを お飲みになられたが、

オイラが 『薫ちゃん、水割り。』というのを聞いて、

『薫ちゃん おかわり下さい。』と 言われた、

おそらく これから 『薩摩の薫』を 『薫ちゃん』と 

愛情をこめて 呼んでくれるに違いない。


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自然災害

この仕事を する以前 

大学を 卒業後 鹿児島で サラリーマンを しておりました。


もう15年も前の事です、桜島が引っ付いている大隈半島の 垂水って所に

住んで、水産関係の仕事でした。


その年 鹿児島は 長雨が続いていたように記憶してます、

そんなある日 会社の事務所の裏山が

突如 崩れてきました。

事務所の2階を 越えて 土砂が・・・

オイラは 少し離れた場所で 仕事中。

ゴゴゴゴゴッと 地鳴りと共に ・・・・・・・


パートのおばさんが 2人 見えません、

1人は 自力で 土砂の中から

もう1人は・・・


残りのみんなで 探しました。すると 泥の中から 手が・・・

足元のぬかるむ中 引っ張り出して 救出。

さいわい 命には 別状はありません。


プロパンガスのボンベが 損傷したらしく 泥の中から ボコボコ・・・・・

あたりはガス臭くて 


すぐさま 避難。

みんなが 避難して 程なく 2回目の土砂崩れが 同じ所から 起こりました。




その時は あまり恐怖を感じませんでしたが しばらくたって 怖くなってきました。





もう 15年ほど前の事です。



昨日の夜 店から 帰ると 東海地方から関東・東北の 集中豪雨のニュース。

姫路は 今のところ 雨は降ってませんが

どうか 気をつけて下さい。


営業許可の更新


なんやかんやで お店も 7年目に入り 営業許可免許の更新が やってきた。

昨日は 講習会が あり、仕込みの段取りをつけて、いってまいりました。


主な テーマは 食中毒の予防、

清潔さを保つ事。 菌の増殖を防ぐ事。加熱による殺菌。


ほとんどの 食材は 何らかの菌が 付いているし、空気中にも 多種多様の雑菌が

いる。よく考えれば 手にする食材が 無菌という事は ほぼありえない。


細菌の種類によっては 少ない数で 中毒症状を 起こすもの

菌は 死んでも 毒素が 残るもの

増殖のスピードが 速いもの


いろいろある。ここの所 一番の原因になっているのは

カンピロバクターという 菌による食中毒らしい。

実は オイラ 12~3年前 こいつにやられた事が ある。

友達3人で 同じものを 食べているのに オイラだけ 発症してしまった。

もう大変!! 

1週間ほどで 快方に向かったが、トイレから 出れなかった。



今は オイラも 食べ物を あつかって仕事をしているので

お店の衛生状態は 気をつけている。

数年前に 業務用の強酸性水を つくるマシーンを 購入した。

(ちょっと高価な マシーンでしたが)



今回の講習は 専門学校時代の 復習のようでしたが、

これを機に もう一度 徹底しよう。


テキストも きっちり読み直して 頭にいれとかないと!!


つかまり立ちしよった。


オイラが いつも ブログの内容に関係なく 写真をつかっている、

アマガエルの“アマコ”!!

店先の 朝顔の住民です。


家内は いつも店に来ると カメラを構えて アマコの写真を 撮ってますが、

今日の 写真は 今までの 最高傑作!!


立ち上がった!!


アマガエルのつかまり立ちは 人生で 初めてだが 

その瞬間を 写真に撮る 家内も たいしたものだ。




上のほうに 虫でも 発見したのか?


芋焼酎


先日 鹿児島県の 芋焼酎の出荷量が 10年ぶりに

減少した、と ニュースが あった。


ここ数年 ブームなどと 言われいたが

確かに 異常なほどだと 正直思う。


人気の銘柄は 法外な高値で 取引されているし、

いい意味でも 悪い意味でも 多種多様な銘柄が 世に出てきた。

街中には 焼酎を 取り扱う飲食店も すごく増えた。

(オイラも そのうちの一軒)

今までの 焼酎のイメージは ガラッと変わった。


蔵元さんにしてみれば 経営は とても 助かったと思う。

規模を拡大された所も 多いと聞く。

芋の栽培から 生産 出荷まで の 流れも 確立されてきたと思う。


個人的には 出荷量が 増えようと減ろうと どうってことは無い。


世間的には“流行”“廃り”は あるだろうけど、

トレンドのみを 追いかけてお店を していないので 今までと なんら変わりない。


オイラの 感覚では 芋焼酎という 一つのアルコール飲料としての地位は 

しっかりと 築かれた。

それに 焼酎と言っても 米もあれば 麦もある 黒糖もあるし・・・


後は 

オイラ自身の 焼酎に対する 思い入れであり 店を 続けるモチベーション!

お客さんに 美味しく飲んでいただくために 力を注ぐ事!

それと 大事なのが “押し付け”をしないこと。

焼酎にあう 料理を 作る事。






まあ 簡単にいえば こんな風に考えている、

体を 害さないように 健康で 美味しく呑んで もらえれば それ以上に

嬉しい事は無い。



今日も 店先の朝顔にいる アマガエルのあまこ は オイラと 店を見続けている。 


秋らしく


まだ 8月ですが、姫路は お盆を過ぎて 

急に 秋の足音が 聞こえてきました。


今 後片付けを ひと段落させ 

耳を澄ますと 虫の鳴き声が 聴こえます。


そういえば 日曜日に 水汲みに行って 道の駅で パンを食べていると

ベンチのはじっこに キリギリスが・・・



今日の営業も クーラーをつけずに 窓を 開けて 営業しました。



季節が 変わってくるこの時期 本格的な 秋のお品書きを 考えていこう。







この写真 先日 道の駅にて買った白茄子ですけど・・・
“おちゃめ”な 茄子でしょ!!


旅のおまけ



7月の 下甑旅行の際

見つけた ご当地ヒーローです。

箱が 大事で 中身は 同じ。


しかし 作ってる会社も 同じなので、

良く見ないと 違いが 分からん。



ヒロシマン、ミヤジマン& カゴシマン!!


これからも 旅の行く先々で ご当地ヒーローを 発掘するぜ~~。

姫路には ないな~~。


オリンピック 卓球 女子団体。

お盆に 休みを いただき ぼ~~っと過ごしたんですが

やはり オリンピックは 見てしまいますね。

女子レスリングは 4階級 メダル! 単純に すごい!としか 言葉がありません。

他の競技で オイラが 気になったのは

女子卓球。福原選手は 日本中 みんな 知っているでしょうが、

平野 早矢香選手 初めて 知りました。

試合中の 闘志と 集中力 何よりも その眼力。

相手選手から 眼を離さず あふれんばかりの“勝負にかける情熱”!

今の 日本代表選手の中でも なかなか いないんではないでしょうか。


メダルには 届きませんでしたが 彼女達の戦いは 忘れません。



いままで スポーツは よく見ておりましたが このオリンピックほど

順位に関係なく 感動させられる事は はじめてです。




さて 仕込みの途中だ。続きにとりかかります。


明日から いつもどおり。


おかげさまで おととい 昨日と いい休みが 取れました。

昨日は 一日中 何もせずに ボケ~と しておりました。

何も考えず 何もしなかったのは かなり久し振りで、

たまには こんな一日が あっても バチは あたらないか。



明日からは いつものように お店をあけます。

水汲みも 行ってきたし、店の掃除をして できる範囲で 仕込みをするか!


とにかく いいお休みでした。




祭の写真が 好評なので 調子に乗って 添付しました。


お休みで~す。


今日 明日 あさって と お店は お休みです。

色々用事は あるけど ボチボチ済まそうかと 思っとります。


お盆が 終ると すぐに“祭”が やってきます。

ここ数年 ご近所のお客さまに 誘われ まわしを締め 屋台をかつぎますが、

体力の限界を 通り越し、完全に トランス状態になります。


あ~~~~早く 祭が こないかな。

エ~歳こいた おっさんですが 若いもんには まだ負けん!!


ちなみに 昨年の写真です。


コンディションが いかに重要か!

今回の オリンピックを 見ていて 思った事の一つは、

“いかに コンディションが 重要か!”ということです。

実力を十二分に 発揮して ふさわしい結果を 勝ちとる選手、また そうでない選手。


(勝負は 時の運 という 側面も ありますが、)


それでも 結果を出せなかった選手が 試合後のコメントで 安易に 引退をほのめかしたり、

どこか 歯切れの悪さを 感じてしまいます。


オリンピック選手ともなると 世界中の一流選手が 集まっているわけで・・・




自分自身に おきかえて考えると、 

毎日の体調管理であったり、仕入れの状況、昼間の状況から夜の人の動きの予測、etc

どれ一つとっても オイラには 店をやっている以上、

とても大事な事です。



何も考えず 大量に仕入れをして 売れ残りが 大量に出てしまう事、

何も考えず 酒を呑みすぎて 次の日に 酒が残ってしまう事、

           最悪です。


自分を 自分で コントロールして 一日の仕込みから 最後のお客様が お帰りに

なるまで、きっちりと “仕事”をしないと

ダメ人間に なってしまいますし、そんな店主の店には お客様は来てくれません。



コンディションを 整え、モチベーションを保ち、

毎日“のれん”を上げ続ける。


それが 一番のような気がします。


オイラには 金メダルも銀メダルも ありませんが、

いつの日にか 自分自身で 『超~きもちいい。』と言えるように なれれば

最高だと 思います。





最後に 全てのオリンピック選手の皆様 

最善を尽くして 最高のパフォーマンスを 世界中に 見せつけてやって下さい。


最年少の常連様!


今日は オイラのお店の 最年少常連さんを ご紹介します。

ここ最近 やっと 離乳食から 離れつつある お嬢様です。

さすがに名前は ひ・み・つ!!


ご家族で いつも お見えになりますが、

おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、お兄ちゃんと 

いつも一緒です。


オイラの作った 出し巻き(塩加減も 少し薄め)を ほおばってくれます。


ただ残念な事が あります。

それは

オイラのほうを じ~~~~っと 見てくれるんですが、オイラと

目が会うと・・・・

泣き出してしまいます。


じゃあ 何で こっちを 見るのか・・・・・・



もう少し大きくなってから 抱っこしないと ダメだ。



*尚 彼女には 直接 許可を頂いておりませんが、ご両親の許可を頂いて
今回 写真を 使わせていただいております。


一発勝負で 実力を・・・・

北京で オリンピックが 開催されている。

それぞれの競技で それぞれの選手が 頑張っている。


みんな 実力が きっちり発揮できれば、それにともなう結果がでる。

実力が 発揮できなければ また それなりの結果だ。


4年に一回 その瞬間に コンディションを ベストに もっていけるか。

チームで 最高のパフォーマンスができるか。


トップアスリートになれば なるほど コンディションは 重要な気がする。



一昔前とは 違い、

もはや 参加する事だけには意義は無いオリンピックになっているが、


世界中のトップアスリートの パフォーマンスが 楽しみです。


今日 北島選手が 世界新記録で 金メダルに 輝いた。、

彼の たゆまぬ努力と 一発勝負での メンタルのもっていき方

とても 真似できるものでは 無いかもしれないが、

少しは 見習わないと いけないな~~。

オイラの勝負は 一発勝負では 無いけど 生きてる限り 勝負の連続だ。


我 思う・・


オイラは 姫路で 居酒屋を 営んでいます。

店の名前は “酒好きおやじの 一夢庵”です。

7月の末に おかげさまで 丸6年、今は 7年目に 突入しています。

家内と二人 客席20の ちっぽけな店です。

ブログのタイトルも 家内と二人そろって 一夢庵なので 

オイラ1人だから “二分の一夢庵”に しました。


公私共に 本当に いろいろな方のお世話になりながら なんとか切り盛りしております。

このブログやHPも どっちかと言うと 自己満足的な色合いが 強いと思います。

(自分が ネットの世界に親しんでいくため・パソコンをさわるきっかけの為 だけかも・・)


ネット上には 多種多様の お店の情報が あります。

オイラは ネット上に

意外に気楽な おいらの考えを こうやって ネット上に 書いております。

ただ いまだに どこまで お店の事を アピールして良いのか

分かりません。

メニューを 羅列して 値段を 書いた所で それがオイラらしくないように

思ってしまうのです。

だから なるだけHPにも“本日のお奨め”以外は 値段を書いておりません、

不親切といえば 不親切ですが。


オイラは 値段だけで オイラの店を判断してほしくないからです。

とりわけ お酒を 呑む店は 値段よりも 大事なこと

(店の雰囲気や お客さんの雰囲気など) 店としての“飲食”以外の要素が

すごく重要に感じているからです。(法外な ボッタクリは別問題)

同じ酒でも 家で飲むのと 味わいが同じならば オイラの負けです。

確実に 店で 呑む方が 美味くないといけません。


たとえ 安くて美味しい居酒屋が あったとしても 店主が 無愛想であったり

一部の常連さんだけを あからさまに贔屓していると、居心地は 最悪に近いものになります。


以前も 書きましたが 居酒屋の“居”は 居心地の“居”と考えてます。

居酒屋から“居”をとれば 酒屋になってしまいます。

(決して 酒屋さんを悪く言っているのではありません。)

オイラは “居酒屋”を しているのだから。



来店いただいたお客様を100%に 満足は不可能かもしれませんが、

「また 来てもいいな。」と 思っていただきけたら 最高です。


このアマガエルのように 目を見開いて 枝につかまって 落ちそうで落ちないよう

いきたいです。




まあ こんな感じの オイラですが 少しは付き合っていただくと 嬉しいです。

仕込みの最中なのに ついつい 長い文章を 書いてしまいました。

仕込みに戻ります。


九州からの帰り 旅の終わり



甑島を はなれてから、

串木野~鹿児島市内~垂水フェリー~鹿屋を 抜け 志布志に。

志布志からは フェリーで 大阪南港。


この日は 一日に 船に 3回も 乗船した。



オイラは ことのほか フェリーが 好きだ。

最近のガソリンの値段や 自走しての高速代 

体の疲れを 考えると、そんなに高いものでは 無い様に思う。


御飯も 夜は 1500円で バイキングなので 腹いっぱいになるまで

食べまくり!!

そして 嬉しいのが 風呂に入れる事だ。

乗船して すぐに風呂へ!

飯を食ってからは 焼酎を 飲んで 床に就くと すぐに おねむ。


南港からは 高速で 姫路までは あっという間!



今回の 下甑島の旅も 無事に終った。

体の疲れも 無く 翌日からの営業に 備えた オイラ達でした。

いろんな方にお世話になりました。

本当に ありがとうございました。






目覚めも 爽やかに 珍しく“朝焼け”の中の たそがれ写真で
 
いかがでしょう?

紀伊水道での 写真です。


下甑島を あとに・・・


吉永酒造さんの蔵を 見学させていただいた後

島を離れる時間がきた。

帰りも シーホークだ。


台風の余波も おだやかになっており、船の進行方向のうしろからの波なので、

さほど揺れずに 順調に 串木野へと 進む。


いつかまた この島を 訪れよう! 冬場は 時化がひどそうだから

やっぱり 夏の時期が良いかな、などと 思っている間に


心地良い揺れで 眠ってしまいました。



たった一泊二日の島滞在でしたが、

なんとなく 島の雰囲気とか 人情味 自然が ちょっとは 分かったかな。


とにかく あの夜空の星だけは 一生 オイラは忘れない。



お世話になりました 島の方へ この場をお借りして 「ありがとうございました。」




第5話 おしまい  つづく・・・


1945 8 6


オイラは 高校卒業後 大学浪人をしていた。

当時 広島大学の 生物生産学部に 憧れを抱き、

姫路から 親のすねをかじって 広島の地で 浪人生活を 送っていた。


下宿は 爆心地から 少し西の 猫屋町だった。

毎朝 8時16分 サイレンが鳴っていたのを 記憶している。


最初は 何でこんな半端な時間になるのか わからなかったが、

ふと 気付いた。


人間の歴史は 戦争の歴史と 言う事もあるらしいが、

戦争と言う 切り札を 切ったのは 時の権力だ。



不勉強なので 当時の状況は 知らないが

その後の 日本の事は なんとなく 実感できる。




歴史から学ぶ事を やめては いけない。

個人的にも 過去の経験を 今に活かせるように 怠っては いけない。

そう思う オイラだ。

  


蔵元さんとの出会いを・・


オイラは 今まで 自分が お店で扱っている

数多くの焼酎蔵さんを 訪問してきた。

いつも家内と二人で 話していた『この焼酎は どんな所で どんな人が 作っているんだろう?

と言う 単純な疑問からだ。


実際に 目にして思うのは 

同じ 焼酎と言うものを 造っておられても 考え方一つで

千差万別だ。と言う事を 思った。


過去数年間 俗に言う“焼酎ブーム”と言われ それまで 陽の目の あたらなかった

蔵元さんも 全国的に脚光をあびるように なられた。

蔵を大きくされたところも 多い。

それは とてもいい事だ。

個人的には オイラのような酒飲みの選択肢が 一気に増えた、街中の飲食店には

いままで 無かったいろいろな 銘柄の焼酎が ラインナップされ

記憶がぶっ飛ぶまで 呑んだ事も多々ある。


今のオイラは その焼酎を商いで 扱っている いち居酒屋店主だ。

蔵元さんとお話して 感じた事を できる範囲でお客さまに伝え できる範囲で自分の店の

営業方針に取り入れ また 造るものは違うとはいえ それぞれの焼酎に 合う様に

食べ物を 作っていくよう さらに 勉強している。



いろいろな 蔵元さんとの出会いを 鏡にして 自分の姿を映し 

『オイラの仕事は これでいいのか?』と自問自答の日々が続く。


さて 今日も ボチボチ がんばろう!



今年も 店先の 植え込みに アマガエルが 棲みついている。
しかし こやつは 何かをお願いしているみたいな ポーズだなぁ。


 


下甑島 2日目 吉永酒造さんの蔵



昨夜の バーベキューの後 宿に帰り 

ご一緒させていただいた 酒屋さんを 囲み

また 飲み会が スタートした。

姫路で 商いを しているオイラには 神戸や京都の飲食店の店主さんたちの話が 

ものすごく刺激的で みんな 忌憚の無い話をする。

(当然オイラも 腹を割って話させていただいた。)

午前3時半を 回ったあたりで おねむになった。

どうやら みんなは 朝5時すぎまで 呑んでいたようだ。(元気すぎるぞ!)



そうこうして、吉永酒造さんの蔵を 見学させていただいた。

オイラも 今まで 数多く蔵元さんを 見学させていただいたが、

本当に 小さい!

(決して 悪い意味では ありません。)

仕込みを やりやすいように レイアウトされている蔵の内部は

清潔で 手入れが とても行き届いているように 感じた。

瓶詰め機も オートメーション化されておらず 手作業で しかも

一度に 4本しか 瓶詰めできない!(当然 ラベルは 一枚一枚 手張り。)

以前 壱岐の重家酒造さんで 拝見させていただいた 瓶詰め機と 

同じタイプだった。

こういう 何気ない設備を 見ると 

オイラなりに 『ここの焼酎は 間違いない!』と 勝手に思ってしまう。



第4話 おしまい。 続く・・・


志布志には あった!!


3年前 九州蔵元めぐり旅 (壱岐~大分~人吉~鹿児島~種子島)を 

まわった時

鹿児島県 志布志で 見つけた焼酎(おそらく “超”地元ブランド)に

今回の旅で 再会した。



若潮酒造さん(蔵は志布志の港の近くにある。)の 『親父のこごと』

原材料は 芋 麦 米麹 となっている。

価格も いまどき考えられないくらい安い。

(3年前より 1割ほど 値上げしていたが それでも 安い。1升瓶 1300円ほど)


ところが 味わいは 値段以上に “いけてる”。

アルコールのピリピリ感も そんなに気にならないし、

水割りなんかでいただくと すっきり・さっぱりで どんどんすすむ。


こういう 地元ブランドは まったく 雑誌とかマスコミには 載らないけど

いけてる品物に出会うと まさに“掘り出し物”!!


(秘密にしておこうかと思ったけど 書いちゃいました。)


それにしても このラベル おもいっきりのいい デザインですな~~。


手打港の夜



港の岸壁で ボ~~~ッとしているうちに

その夜の お食事!

吉永酒造さんの皆さんと オイラ達 関西人連合で 港で バーべキュウ!!

缶ビールをかっ喰らい!

 肉をかっ喰らい!

  とこぶしを かっ喰らい!! 

  焼酎をかっ喰らい!!

ガンガンに 呑んで 喰らって!!




そのうち

お腹も満足になり 子供達は 花火に興じ

大人たちは 焼酎の話題、やら いろいろ 話を始め、

手打港は 夜の帳が 降りてくる。


オイラは こんな大人数で バーベキュウなんて 何年ぶりだろうか!?


こういう飲み会で 蔵元さんと 世間話をしていると どんな気持ちで焼酎作りに取り組んでいるのか

なんとなく感じるものがある。

この人たちの造る焼酎は 絶対に間違った事はしないだろうし、

こうやって お互いに刺激を 受けたりしながら 

また 新しい何かを つくり上げていくんだろう、なんて想う。


とにかく オイラは しんみりと 呑みながら 心が熱くなった。

(この経験を 姫路に帰って 自分の作る料理に活かそう。)



バーベキュウが お開きになる頃  手打の夜空には 

オイラが今まで 見たことも無いような 見事な満天の星の光が またたいていました。



第3話 おしまい  続く・・・・


下甑島 手打港



手打港に 着き シーホークを 下船後

その夜の宿の車が お迎えに来ていた。

本日の宿は その名も『竜宮の里』

何やら メルヘンチックな名前の宿です。


ここ手打は 釣りばか日誌9のロケ地にもなったらしく ロビーには 

西田敏行さん 三国連太郎さんの サインや 釣った魚の魚拓が かざってあった。


食事の時間まで しばらく 時間があったので ブラブラ 港を 散策してみた。

でっかい岸壁に座り 海を眺めて ぼ~~っとする時間は 

ある意味貴重な時間でもある。


水平線と 浮かんでいる雲のラインは どこまでも平行で、でっかい地球を 感じられた。




第2話 終了  続く・・・・


いざ!下甑島に出撃!


お付き合いのある 酒屋さんから 『下甑の吉永酒造さんに 会いに行きませんか?』

と 連絡があり、『ウ~~ン しばらく考えさせてください。』と

返事をして 家内と二人の 営業会議を 開き、

『よしゃ~、行くか!』




と言う事で

7月の27日 PM2:00 姫路を 出発して 一路 西へ!


途中 ボチボチ休憩しながら 


28日 AM0:30 鹿児島市内に 到着。

市内で 宿泊し

28日 AM11:30 鹿児島県は 串木野で 本隊

(その酒屋さん御家族 と 神戸 京都の 知り合いの飲食店の 方々)と 合流。


串木野新港から 高速船 シーホークに 乗船。

(オイラは 船旅に慣れているので 船が 揺れようが まったく 平気!)

どういう訳か 船内の冷房が ぜんぜん効いてなく 

ものすごい 暑さ!うとうとしていたが 暑くて 目が覚めた。

(後で聞くと 船内の前のほうは かなり涼しかった様だ。この点は 改善を望む!)

何も見えない 東シナ海を シーホークは 突き進む。

やがて 下甑島が 見えてきたが その海岸線は 自然のまんまで どこに港が

あるのか 入港するまで 分からなかった。


船のスピードが おちて 入り江に近づくと そこが 手打港。

想像どうりの 港が そこにあった。

外海に面した 防波堤は おそろしく頑丈そうで テトラポットも バカデカイ。





第一話終わり 続く・・・