世の中は 綺麗事だけではないし、 理不尽なことや 不条理や ナンセンスな物事が ことのほか 平気にあふれている。 私は その理不尽も 不条理も ナンセンスも 受け入れて生活せざるを得ない と 思っている。 特に 震災後 いままで あまり意識のしたことのない現実や 不条理や 人智の及ばない大きな力に対する無力感が 一気に 押し寄せたように思う。 それをふまえて 普段の生活を省みることなく 今の生活様式と社会が当たり前だと 胡坐をかき、事が起こってから 慌てふためいても 何にもならない。 ただ 私は 10代のころから なぜか 最悪の状況を想定し、そこから どうすればいいのかと言う事を 何事についても 頭の中で シュミレーションしてきた。 くだらないことも 色々シュミレーションしてみる。 例えば 電車に乗っていて 急に 向かいに座っている男が 暴れ出したらどうするか? ここから 蹴りをこう出して ひざを入れて こうやってみようか・・・。 とか 車を運転中 前を走る車が 事故ったら どうするか? 後続車との距離を測って こっちにハンドルを切って・・・・・。 とか まあ あまり役に立ちそうもないことも 考えてみると 楽しかったりする。 ちょっと話はそれましたね・・。 要するに 事が起こって後に あわてるのは 自分の美意識に反することだと思っているから 普段から せめて 頭の中の思考だけでも 備えようと 考えている。 美意識と言うと なんだか 高尚な感じがするが、 自分がいかに自分らしくあるべきかを 意識することだと考えている。 自分に対して 自分の美意識を磨こうとすることや 自分の仕事や 生活での言動に ある一定の 矜持をもち、 それを保とうとする努力を 怠らないように する事。 もし 怠ってしまえば 大きな世の中の中で 自分の存在を 自分で否定するようなことに感じる。 世の中の全てが 綺麗事でない事を受け入れて 且つ 自分の力の限界も 受け入れて それを嘆くことなく、 自らの意思で 自分の 進む方向を決め 決して 独りよがりにならず 結果だけを求めず その過程を楽しむことができれば・・・・・。 それが 私の目指す ”綺麗事な”生き方です。 少し前の話なのですが 私も 訪れた事のあり お話もしたことのある とある蔵元さんが お亡くなりになりました。 まだ 50代なのに、 癌だったそうです。 御冥福をお祈りします。 なんだか さびしいです。
|