二分の一夢庵 酒好きおやじの常日頃
姫路の 焼酎専門居酒屋の おやじが 常日頃 思う事を ダラダラと書き綴ります。
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しおたに みつはる

Author:しおたに みつはる
姫路の片隅で 本格焼酎の居酒屋を 家内と2人でやってる40過ぎたおっさんです。

日々思う 何かしらの事を 書き綴っていこうかと思ってます。



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仕込み中に ふと 思った・・・
ここ数年 

今までにないぐらい

本を読んでいる。


今年は 古事記編纂1300年と言うこともあり、

古事記の現代語訳を読んでいる。

古事記の勉強をしているわけではないが、

何度も繰り返して読んでいる。


古事記に限らず

何度も読んでいると そのつど 新たに気付かされることが多い。




何度も読んでいると

その文章 その物ではなく、

“その行間”に込められている

“文字では ない文章”に気付く。


びっしりと文字で埋め尽くされている本でも

行間に込められた 何らかの意思は 存在していると感じる。



最近は 

すごく読みやすい 文字が大きく

余白のたくさんある本が多く出版されており、

上っ面を読むだけなら

小一時間で読み切ってしまう。


ところが

それこそ 余白が大きい分 その行間に込められた

作者が意図的に文章にしなかったであろう

伝えたかった“本質”は

でかいような気がする。




それを読み取るのは

読む側に委ねられているだけに、

見えたり、見えなかったり、

意図している意味とは違って感じたり、・・・・。




そういうことを 

感じながら本を読むのは楽しい、

かといって 

力づくで 無理やり 行間を読む必要もないので、

その時の 気分で

感じる時もあれば 感じない時もあるじゃん、って

くらいの気分で読むのが、

一番 私は 楽しい。


読書に限らず

何事に関しても

繊細すぎる感受性や

こうでなきゃ駄目だと思う固定観念や

力み過ぎて 柔軟性を失った状態は

逆に 楽しみを奪ってしまうのかもしれないな~~。

























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